ゼロから分かるDeFi入門── 2026年版完全ガイド
交換の実効価格も資金提供の採算も、単純な数式で決まります。具体的な数値で仕組みを確認し、2026年6月施行の国内制度を踏まえます。

暗号資産の相場解説では「クジラが動いた」という表現をよく見ます。大口の保有者がまとまった量を移した、という意味です。ただしこの短い一文には、検証されていない前提がいくつも畳み込まれています。誰がクジラなのか、その送金が何を意味するのか、そもそも観測されている量は本当に動いた量なのか。
本稿では、公開されているオンチェーンデータと実証研究をもとに、クジラという概念を計測の観点から分解します。相場の見通しではなく、オンチェーン指標を自社で組む側が何に注意すべきかという話です。参照した資料は末尾に列挙しています。
クジラの閾値としてよく使われるのは 1,000 BTC ですが、これは慣行であって定義ではありません。より根本的な問題は、アドレスと主体が一対一で対応しないことにあります。ビットコインは支払いのたびに釣り銭を自分の別アドレスへ戻す設計なので、一つの主体が容易に数千のアドレスを持ちます。逆に、一つのアドレスが多数の顧客の資産をまとめて預かっていることもあります。
実際の保有量ランキングを見ると、この点がはっきりします。

最大のアドレスは 248,598 BTC を保有していますが、これは Binance のコールドウォレットとして識別されています。2位も同じく Binance、3位は Robinhood のコールドウォレットです。つまりランキングの上位は「巨大な個人」ではなく、多数の利用者の残高を集約した保管口座です。ここを区別せずに「上位アドレスが動いた」と読むと、解釈を最初から誤ります。
研究の側でもこの困難は正面から扱われています。Makarov と Schoar は公開・非公開の多数の情報源からアドレスを実体に結びつけるデータベースを構築し、393 の取引所を含む 1,043 の主体を同定しました。それでも同定は原理的に不完全であることを、著者自身が認めています。
アドレス単位で見ると、2026年7月29日時点で 1,000 BTC 以上を保有するアドレスは 2,043 件、合計 7,204,704 BTC です。存在するビットコイン 20,057,844 BTC の約 36% にあたります。一方で 1 ドル以上の残高を持つアドレスは 4,900 万件を超えます。
ただしこれはあくまでアドレス単位の集計です。主体単位に寄せると像が変わります。Makarov らの推計では、2020年末時点で取引所などの仲介者が保有する残高は 550 万 BTC、流通量のおよそ 3 分の 1 でした。個人投資家は合計 850 万 BTC を保有し、そのうち上位 1,000 の主体が約 300 万 BTC、上位 1 万で 500 万 BTC 超を占めています。当時の発行済み総量の約 4 分の 1 です。
注意したいのは、著者がこの集中度について「過小評価である可能性が高い」と書いている点です。最大級のアドレス群が同一主体に支配されている可能性を排除できず、初期に採掘されたビットコインの帰属も割り当てていないためです。集中度の数値は、測り方によって上下する推定値だという前提で扱う必要があります。
同じ研究には、大口送金の解釈に直結する発見があります。ブロックチェーン上で観測される送金量のうち、経済的に意味のある移動はごく一部だという指摘です。

釣り銭の仕組みに加えて、追跡を避けるために資金を長いアドレス列へ小分けする慣行が、見かけの送金量を大きく膨らませます。これを除いた実質的な移動は総量のおよそ 10% にとどまります。さらにその実質量のうち、2015年以降は 75% が取引所ないし取引所類似の主体に紐づいています。オンラインウォレット、OTC デスク、大口の機関トレーダーを含む区分です。
ここから導かれる帰結は明快です。大口送金の通知を見て「売り圧が来る」と読むのは危ういということです。実際にもっとも多いのは、取引所がホットウォレットとコールドウォレットの間で資金を動かす内部移動です。Whale Alert のようなサービスは 2018年から大口送金をリアルタイムに配信していますが、通知が伝えているのは事実の観測であって解釈ではありません。
この数年で構造が変わった点もあります。2024年1月に米国で現物型のビットコイン ETF が始まり、大口保有の一部が日次で開示される枠組みへ移りました。
規模の大きい iShares Bitcoin Trust を例に取ると、2026年6月30日時点のファクトシートで純資産は 432 億ドル、スポンサー報酬は年 0.25%、設定日は 2024年1月5日です。同日のベンチマーク水準 58,605.41 ドルで割ると、保有量はおよそ 73.8 万 BTC と概算できます。先ほどの分布表で 10 万 BTC 以上を保有する 4 アドレスの合計が 695,655 BTC でしたから、単一の商品がそれを上回る規模です。
実務上の意味は、推定の質が変わったことです。オンチェーンのクラスタリングは観測からの推測ですが、ETF の保有は目論見書と日次の開示に基づきます。一方で、その保有分もカストディアンのアドレスとしてオンチェーンに現れるため、両者を足すと二重計上になります。指標を設計するときは、どちらの数え方を採るかを先に決めておく必要があります。
あわせて、同じファクトシートの直近 1 年の騰落率が純資産ベースで −45.62% だった点も付記しておきます。大口の保有が積み上がることと価格が支えられることは、別の事象です。
以上を踏まえると、クジラ関連の指標を自社で作る場合の要件は四つに整理できます。
第一に、アドレスではなくクラスタで数えることです。既知の取引所ラベルを保持し、少なくとも保管口座と利用者資産を区別できる粒度にします。第二に、内部移動を除去することです。同一クラスタ内の移動と、取引所のホット・コールド間の移動は、保有者の入れ替わりを伴いません。
第三が時点管理です。アドレスへのラベルは後から付きます。あるアドレスが特定の取引所のものだと判明した日と、その送金が起きた日は違います。過去の指標を現在のラベルで再計算すると、当時は知り得なかった情報を使って過去を評価することになります。この種の混入については 定量運用における「データリーク」の罠 で扱っています。
第四に、閾値を固定しないことです。1,000 BTC という区切りは価格が変われば意味が変わります。金額基準と数量基準のどちらで定義するかを決め、その選択を指標の定義に明記しておきます。
クジラという言葉は、保有の集中と大口の送金という別々の現象をひとまとめにしています。保有の集中は実在しますが、アドレス単位と主体単位で数値が変わり、推定は過小評価に振れやすい性質を持ちます。大口の送金は観測できますが、その 9 割は経済的な移動ではなく、残りの大半も取引所との出入りです。
加えて、大口保有の重心は匿名のウォレットから、日次で開示される規制商品へ移りつつあります。オンチェーンの推測に頼らずに把握できる部分が増えた一方で、二重計上を避ける設計が新たに必要になりました。指標を作る側にとっては、数字を出すことより、その数字が何を数えているかを定義することのほうが難しい領域です。
金融テクノロジー総合研究所では、オンチェーンデータの取得・クラスタリング基盤の設計、暗号資産関連指標の検証環境の構築を受託しています。既存の分析フローの点検からご相談いただけます。お問い合わせよりご連絡ください。
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